桜は優れて美しい。

桜は優れて美しい。

伝書桜、盗賊(後の情報提供)


陽気な春、3月も過ぎた出会いの季節。2人が出会い、交際してから1年が過ぎたとある午後。

平穏な日々を謳歌し、デートと洒落込んで手を繋ぎ、仲睦まじくして歩く盗賊こと石川紫苑、そして伝書桜こと桜宮礼佳。自然と石川の歩幅は桜宮に合わせ、桜宮は少し大きい石川の手をギュッと握りしめる。

行き交う人々も彼らの空気に絆され、時にはハンカチを噛み、似たような男女は同じように微笑んでいる。

「休み重なって良かったね、デート久々だよ」

「本当に...いやぁ、10連勤とかふざけてるって」

「ほんとそれ。私にも15個くらい来たし」

「えっ」

話す会話は穏やかではないが。何せ常に死線に立つ呪術師の端くれ。覚悟もあれば度胸もある。そんな彼らだからこそ紡ぐ日常こそが、尊きものであり、守るものである。

桜宮は10連勤したと言う石川の顔をじ...っと見つめ、方や石川は薄化粧した桜宮の顔を覗き込む。ファッションのニット帽を被って遮る彼氏とファンデーションに隠された薄い隈は秘密な彼女。格好つけたいお年頃。両者共にまだ青い日々。

見つめて見つめて、そして笑う。吹き出して、何をしているんだと自問自答して思いっ切り。そうしてまた歩幅を合わせて歩き出す。

「やってるかな〜、新しいお店。前来た時紫苑に似合いそうな服があったんだよ」

「そうなの?どんな服?」

「ひーみーつ!」

目を細め、歯を出して笑う彼女の頬を両手で押さえ、勢いのままぎゅむ、と掴む。呂律が回らなくなった桜宮はこの〜!と腕を叩く。力の入っていない拳は石川にはまるで効かない。そもそも力を入れていないからそれ以前の話である。アオハルかよ。


茶番を重ねて、商店街からそれで細い道に差し掛かる。人も少ない通り道。そこでふと、桜宮が止まった。

「!...ねぇねぇ、少しだけ寄り道しない?」

「寄り道?...!」

桜宮はある方向を指差す。人差し指がピン、と立つ方向へ視線を向けると、そこにあるのは道全体に広がる桜道。隙間から射す太陽と桜を見守る青い空。色は華やか、空気は清澄。


美しい桜が、そこにある。


寄り道の意を知った石川は彼女に頷く。ゆっくりと一歩を前に出し、2人揃って歩き出す。

少しずつ花びらを落として、桜は舞う。まだ花開かない蕾はその時を待ち、今か今かと望んでいる。

それらを静かに眺めているのは石川。桜、と聞けば連想するのは隣の愛おしい人。儚く華やかで、消えそうであって存在感がある。そんな彼女の日々を桜に連ねて思い出す。


京都校交流会。

ブートキャンプ。

突如の離反。

呪詛師の襲来。

桜宮銀杏との対峙。

坂野政と茅瀬遥の決闘。

ヨウの復讐劇。

終幕へと辿り着いた村の因縁。


小さな幸せもあれば、些細で大きい不幸もある。大方出てくる出来事は、規模が大きくて敵わなかったものもある。けれど、そんな時はいつでも手を繋いだ。背中を摩った。彼女の傍にいた。

礼佳が、隣にいてくれた。


何よりも、何よりも、大事で大好きで大切な、愛する桜宮礼佳がそこにいた。


ーほんと、救われてばっかだよな...。ー


そして自分もそうしてきた。彼女の手を離さぬように。決してその道違えぬように。絶対に愛し抜くと誓ったあの事件からずっと。



そう思い返して耽っていると、するりと細い手が抜けた。見れば桜宮が飛び出したのだ。

「え、ちょっ、礼佳?」

風が彼女のワンピースの裾を揺らす。薄桃色のそれは、桜と同化してしまいそうなほどに薄い。花びらと相まって、彼女が一層儚く見えてしまう。しかしそれと同時に、彼女は桜から生まれたのではないかとも錯覚してしまう。

呆然とする石川にの名前を呼ぶ。そして、桜宮は告げる。

「綺麗でしょ?この桜」

「...うん、すっごく」

「でしょ〜?前来た時に此処を紫苑と一緒に歩きたいなって思ってて。今日来れて良かった...。

どう、気に入った?」

不安げに揺れる青玉が石川を見つめる。そんな不安を払拭するように、彼女に一言。

「気に入ったよ、すっごく。礼佳と見れて良かった!」

ニカっと笑って励む彼に呼応して、和らげに笑う桜宮。石川に背中を向けて歩く彼女は言葉を紡いだ。

「色んなことがあったよね、去年は」

「全くだよ。一生味わないようなことばっかり」

「ふふっ、言えてる。

...紫苑と付き合ったのも、去年の話だったんだよ」

「...そうだな」

桜宮は大きく振り向き、石川と向かい合わせになって両手を広げた。

「1年だよ、1年!恋を自覚して紫苑のことを好きになって、幸せに思って、それがずーっと続くって知った、とっても嬉しい1年!

悲しいことも辛いこともあったけど、それを含めて嬉しかった1年!」

桜宮は花開くように笑う。蕾から覗く花が、今か今かと望んでいた光を見るように。

太陽が差し込んで、桜宮を映す。石川は全ての黄金比がとれた美しい風景画を見ている、と感じた。

そして、桜色に染まった彼女の口から言葉が溢れた。


「ずっと言いたかったんだ。ずっと前から言ってるけど、今もずっと言いたいの。


私と出会ってくれてありがとう。

私を好きになってくれてありがとう。

私を、桜宮礼佳を、大好きでいてくれてありがとう...!


私はずっと、紫苑が大好きで愛してるよ!


徒桜が彼女の頭の周りで踊る。日が彼女を照らして離さない。美しく笑う彼女の姿が酷く眩しい。

そうして石川は一歩、踏み出した。そして、声に出す。


「俺も、...俺も!礼佳に心を奪われて、礼佳とずっと一緒に居て救われた、礼佳がいたから頑張れた、礼佳がいたから、あの1年は華やかだったよ。


礼佳。俺を、石川紫苑に攫われてくれて、好きになってくれてありがとう。


薄ら微笑み、石川は桜宮の前に立つ。少し低い位置にある彼女を見つめて、頬に手を添えた。その行動に、桜宮も微笑む。美しく、美しく、艶やかに。

そうして、2人の距離は近くなる。



後のことなんて、分かりきったこと。






















貴女は優れて美しい。


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